投資家の盲点:計画段階に潜む楽観的バイアス、計画錯誤の正体
投資計画が描いた通りに進まない理由:計画錯誤バイアスの影響
投資において、目標を設定し、具体的な計画を立てることは極めて重要です。いつまでにどれくらいの資産を築きたいか、そのためにはどのような銘柄に、どのタイミングで投資すべきか。こうした計画は、私たちの投資活動に指針を与え、無秩序な行動を防ぐ役割を果たします。
しかしながら、私たちはしばしば、立てた計画通りに物事が進まないという現実に直面します。当初想定していたよりも時間がかかったり、目標としていたリターンに届かなかったりすることは少なくありません。その原因は、もちろん市場環境の変化や予期せぬ出来事など外部要因によるものも大きいですが、実は、計画を立てるプロセスそのものに潜む私たちの心理バイアスも深く関わっています。
特に、「計画錯誤(Planning Fallacy)」と呼ばれる心理バイアスは、投資家が自身の計画を過度に楽観的に見積もり、遅延や予算超過、目標未達を招く一因となります。本稿では、この計画錯誤バイアスの正体と、それが投資判断にどのように影響するのか、そしてこのバイアスを認識し、より現実的で確度の高い投資計画を立てるための対策について掘り下げて解説いたします。
計画錯誤バイアスとは何か
計画錯誤バイアスとは、特定のタスクやプロジェクトの完了にかかる時間、コスト、または関連する成果について、実際よりも少なく見積もってしまう傾向を指します。これは、個人のプロジェクトであろうと、大規模な事業計画であろうと、普遍的に見られる現象です。
投資における計画錯誤は、以下のような形で現れることがあります。
- 目標達成時期の過小評価: 「この銘柄に投資すれば、半年後には目標価格に到達し、利益を確定できるだろう」と考えるが、実際には一年以上かかった、あるいは未達に終わった。
- リターンの過大評価: 特定の投資戦略を採用すれば「年間20%のリターンは容易に達成できるだろう」と計画するが、現実的な平均リターンやリスクを考慮できていない。
- 必要な準備期間の過小評価: 投資対象の研究や市場分析、ポートフォリオのリバランスなどに必要な時間を軽視し、「すぐにできるだろう」と考えてしまう。
- 予期せぬコストの無視: 取引手数料、税金、情報収集にかかる費用など、計画段階で見落としがちなコスト。
これらの例は、投資家が自身の立てた計画に対して、意図せず楽観的な見積もりをしてしまう計画錯誤の影響を示しています。
なぜ私たちは計画錯誤に陥るのか
計画錯誤に陥る背景には、いくつかの心理的な要因が複雑に絡み合っています。
1. 内部視点への固執
計画を立てる際、私たちは自身の特定の状況や能力、意図に強く焦点を当てがちです。これを「内部視点」と呼びます。内部視点では、「自分なら大丈夫」「この銘柄は特別だ」といった個人的な要因を過大評価し、過去の類似事例や他の多くの人々が経験してきた一般的な結果(「外部視点」)を軽視する傾向があります。投資家が過去の似たような市場状況や、他の投資家が同じような戦略で直面した困難を十分に考慮せず、「自分ならうまくいく」と考えてしまうのは、この内部視点への固執によるものです。
2. 願望的思考(Wishful Thinking)
私たちは、成功を願うあまり、その願望が計画の見積もりに影響を与えてしまうことがあります。「早く目標資産を達成したい」という強い願望は、計画の実現可能性を冷静に評価する目を曇らせ、非現実的な楽観論を生み出しやすくなります。これは楽観バイアスの一種とも言えます。
3. 計画の分解不足
複雑なタスクや長期的な目標の場合、計画を細かく分解せずに全体を大まかに見積もると、個々のステップに潜む困難や不確実性を見落としやすくなります。投資計画であれば、情報収集、分析、分散投資の検討、定期的な見直しなど、各プロセスにかかる時間や労力を詳細に検討せず、「最終的に目標リターンを達成する」という大きな目標だけを見て見積もりをしてしまうことが、計画錯誤につながります。
4. 予期せぬ問題の過小評価
計画段階では、物事がスムーズに進むことを前提としがちです。市場の急落、企業の不祥事、経済政策の変更など、投資計画に大きな影響を与えうる予期せぬ事態の発生確率や、それが計画に与える影響を十分に考慮しない傾向があります。
計画錯誤が投資判断に与える影響
計画錯誤バイアスは、単に計画通りに進まないというだけでなく、その後の投資判断にも悪影響を及ぼす可能性があります。
- 非現実的な期待: 過度に楽観的な計画は、非現実的な期待を生み出します。計画通りに進まなかった場合に、過度な失望や焦りを感じ、パニック的な売買やリスクを取りすぎる行動につながる可能性があります。
- リスク評価の甘さ: 計画が楽観的であるということは、潜在的なリスクを十分に考慮できていないことと同義です。これにより、ポートフォリオのリスク許容度を超えた投資をしてしまったり、必要なリスクヘッジを怠ったりする可能性があります。
- 「サンクコスト」への固執: 非現実的な計画に基づいた投資がうまくいかなかった場合でも、「これだけ計画に時間をかけたのだから」「当初の計画ではうまくいくはずだった」という考えに囚われ、損失が拡大しているにも関わらず損切りができない、いわゆる「サンクコストバイアス」に陥りやすくなります。
- 不十分な準備: 必要な時間や労力を過小評価することで、投資対象の分析や市場調査が不十分なまま投資を実行してしまい、結果的に判断の質を低下させる可能性があります。
計画錯誤バイアスを克服するための対策
計画錯誤は人間誰もが持ちうる普遍的なバイアスですが、これを認識し、意識的に対策を講じることで、より現実的で堅牢な投資計画を立てることが可能になります。
1. 外部視点を積極的に活用する
自身の状況だけでなく、類似の投資を行った他の多くの人々がどのような結果になったか、一般的な市場のリターンはどの程度かといった外部視点を意識的に取り入れましょう。特定の資産クラスの過去の平均リターンやリスク、長期投資における一般的な変動幅などを参考にすることで、自身の計画が客観的に見て現実的かどうかの判断材料が得られます。「参照クラス予測(Reference Class Forecasting)」の考え方は、自身のプロジェクトを過去の類似プロジェクトのデータと比較することで、より現実的な見積もりを導き出すのに役立ちます。
2. 計画を細かく分解し、不確実性を考慮する
投資計画を、情報収集、分析、ポートフォリオ構築、定期的なリバランス、税金対策など、具体的なステップに分解してみましょう。それぞれのステップに必要な時間や労力、そして潜在的な困難を個別に検討することで、全体の計画の見積もり精度を高めることができます。また、それぞれのステップや市場全体の動きに対して、予期せぬ問題が発生する可能性や、それらが計画に与える影響を具体的に想定し、バッファー(余裕)を設けることも重要です。
3. 悲観的なシナリオも意識的に想定する
最も良いケースだけでなく、市場が低迷した場合、特定の投資がうまくいかなかった場合など、悲観的なシナリオも具体的に想定してみましょう。計画のストレステストを行うようなイメージです。これにより、リスクに対する意識が高まり、より保守的で現実的な計画の見積もりに近づけることができます。同時に、リスク発生時の対処法を事前に検討しておくことも、計画の頑健性を高めます。
4. 定期的な見直しと柔軟な修正
計画は一度立てたら終わりではありません。市場状況や自身の経済状況は常に変化します。定期的に計画の進捗を確認し、当初の想定と異なっている場合は、その原因を分析し、計画を柔軟に見直す勇気を持ちましょう。計画に固執しすぎず、現実に基づいて修正していく姿勢が重要です。
5. チェックリストやフレームワークの活用
計画立案後に、自身の計画が計画錯誤に陥っていないかを確認するためのチェックリストを作成してみるのも有効です。「この計画は過去の一般的な事例と比較してどうか?」「計画通りに進まなかった場合に想定されるリスクは何か?」「計画を達成するために必要なすべてのステップを考慮したか?」といった問いを自身に投げかけることで、見落としていた楽観的な見積もりに気づくことができます。
まとめ
投資計画における計画錯誤バイアスは、私たちの未来予測や目標設定を歪め、期待外れの結果を招く可能性があります。これは、自身の内的な視点に囚われ、願望的思考に影響され、計画の複雑性や不確実性を過小評価することから生じます。
このバイアスを克服するためには、自身の計画を客観的な外部視点と比較したり、計画を細部に分解して検討したり、悲観的なシナリオも想定したりするなど、意識的な努力が必要です。完璧な計画を立てることは困難かもしれませんが、計画錯誤バイアスを理解し、その影響を最小限に抑えるための対策を講じることで、より現実的で達成可能な投資計画を立てることが可能になります。
自身の投資判断に潜むバイアスに気づき、継続的に自己改善を図る姿勢こそが、長期的な投資成果を高めるための鍵となるでしょう。